会長挨拶

 日本ホリスティック教育/ケア学会の会長をお引き受けするにあたって

 

 みなさん、こんにちは。この度、日本ホリスティック教育/ケア学会の会長をお引き受けすることになった自由学園の成田喜一郎です。

 未曾有の歴史的現在、COVID-19によるパンデミックが引き金となって、今、地球規模で、国家・社会、地域・学校、家庭・個人に至るまで甚大なる影響を与えています。わたくしたちの生活や学びと教育、学問にも多大なる影響を与え続けています。

 ここ数か月、わたくしは、「深層崩壊」、眼が開かれる「開眼」、創造的な発見や発明が出現する「創発(emergence)」、という3つの概念の虜になっています。

 それは、まず、「ウイルス」や「医療」の問題であるだけではなく、「格差」「貧困」「差別」「偏見」など「負」の多様性が露呈しているのはまさに「深層崩壊」に起因するのではないか、という問いを抱き続けているからに他なりません。

 2014年にフランスの経済学者・トマ・ピケティが膨大なデータをもとに書き上げた『21世紀の資本』の中で、「 資本収益率r > 産出と所得の成長率g 」、すなわち、資本主義は「格差」に収斂し、「格差」は拡大するという結論を明らかにしました。それは、19世紀にカール・マルクスが『経済学批判』や『資本論』の中で述べた理論に通底するものがありました。現在起こっているパンデミックの深層には土台としての「経済」が、上部構造としての「政治」や「社会」・「文化」に深く影響を与えていると言っても過言ではありません。

 しかし、だからといって革命ではなく、また、変革・改革・改善を超えて、緊急事態(emergency)の下であるからこそ、眼が開かれる「開眼」の可能性があるのではないでしょうか。

 たとえ小さくとも創造的な発見や発明が出現する「創発(emergence)」の種が芽生え出しているのではないかと、わたくしは予察/観察しています。

 Education(教育)とCulture(文化)は、希望としての「創発(emergence)」の土壌です。

 ご存知の通り、わたくしたちの学会は、若き研究的実践者たち=「未来」をたくさん抱える若い学会です。まさに、学としてのHolistic Education/Careをめぐる「理論や哲学」と「実践や経験」との架け橋は構築の途上にあります。

 未曾有の歴史的現在、Holistic Education/Care学は、これまでの研究史・実践史を問い直し見通すべく、さらなる研究と実践、その架橋・往還をめざす必要があります。

 量子力学の逆因果仮説「未来は過去に影響する [1]」を援用するならば、リニアな因果律だけではなく、期待・希望としての「未来」が、今作られつつある記憶・記録としての「過去」に影響するはずです。

 そして、「未来」をたくさん有する若き研究的実践者と、それぞれに意味ある「過去」を有する世代の研究者・実践者とが響き合う「相即的関係性[2]」が生まれる学会をめざして行きたいと思います。

 Holistic Education/Care学の哲学者である中川吉晴さん、Holistic Education/Care学、まさにそのケア学者である守屋治代さん、そして、その実践者・研究者、並び進む「並進移動 [3]」者(Translator)としての成田という新しいトライアングル体制で学会を支えていきたいと思います。

 どうかよろしくと、お願いを申し上げて、わたくしからの挨拶にかえさせていただきたいと思います。

 

2020628

成田喜一郎

学校法人自由学園副 学園長/最高学部 特任教授(当時)

「声の記録」:https://note.com/narisen2017/n/n50cf3868e8e5



[1] この逆因果仮説は、近年、量子力学の世界で物理学者と哲学者が協働し検証に入ったと言われる仮説である。拙稿(2019)「『未来は過去に影響する』時代に入った社会科教育:各校種の学習指導要領に通底する『ESD』」『SCOPE2019 年第3, pp.2-3を参照されたい。

[2] 「相即的関係性」については、拙稿(2020)「『帰国子女』からの問いかけと教師の応答経験の有意味性:オートエスノグラフィー1978-2006」『国際理解教育』Vol.26, pp.13-22を参照されたい。

[3] 機械工学における概念“translation”の訳「並進移動」を転用し、実践と研究の間を橋渡しつつ並び寄り添う意味を付与した。

現在(2022.12.13)、筆者は「並進者」にMutual translatorという訳語を与えている。

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第1期 会長挨拶
教育とケアのホリスティックな出会い(巻頭言:吉田敦彦).pdf
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